Dialocal

地方経営者との対話コラム
「ダイアローカル」

#02
佐々木慎太郎
代表取締役

デザイナーにつくってもらうのではなく一緒につくりたかった。直島旅館ろ霞のブランディング裏話

nottuoが全国各地の地方経営者と対談する企画・Dialocal(ダイアローカル)。DialocalはDialog(ダイアログ:対話)とLocal(ローカル:地方)を組み合わせた造語。デザインと経営をテーマに『デザインで、地方から変える』魅力的なシャチョーさん達を紹介していきたいと思います。
第2弾は10年来の付き合いでnottuoのデザイン人生を変えた盟友「きゃしゅれさん」との公開対談の話をお届けします。


話し手:佐々木 慎太郎 / A&C株式会社 代表取締役(中)
1976年 岡山県の湯郷に生まれ育つ。青山学院大学卒業後に、2年間で33カ国を回る世界一周放浪の旅を経験し、帰国後は東京で編集者として勤務。2004年に家業「季譜の里」へ入社し、2008年に4代目の代表取締役に就任。季譜の里のブランディングを経て、現在は飲食店や宿泊施設を複数展開し経営する。2022年4月に瀬戸内海・直島に「直島旅館 ろ霞」を開業。
話し手:鈴木宏平 / nottuo株式会社 代表取締役CCO​​(右)
宮城県仙台出身・武蔵野美術大学建築学科卒。大学在学中よりデザインユニットでの活動を始め、卒業後は独立しデザイナーに。建築→プロダクト→グラフィック→webと全領域をサバイヴしたことでブランディングデザインに行き着き現在のnottuoスタイルを確立。

ファシリテーター:羽田 知弘 / 合同会社セリフ 代表社員(左)
1989年生まれ愛知県出身。三重大学を卒業後、木材商社を経て、株式会社西粟倉・森の学校に参画。事業部長としてB2B・B2Cのマーケティング、集客施設の立ち上げ等に従事。2022年に合同会社セリフ創業。

※この記事は2023年9月6日に西粟倉村で開催された地域おこし協力隊研修の対談の一部を編集・記事化したものです

■目次

  • 旅館は地域のプレゼンテーションとコミュニケーションの場だ
  • ろ霞の世界観を体現するために備品選定1000点
  • マニュアルづくりよりもコンセプトの腹落ちがサービス品質を高める
  • 瀬戸内を世界に誇る観光地にするために新時代の旅館のスタンダードをつくる
  • 有名なデザイナーにつくってもらうのではなく、nottuoと一緒に旅館をつくりたかった

旅館は地域のプレゼンテーションとコミュニケーションの場だ

羽田:家業として4代続く岡山・湯郷の旅館「季譜の里」の経営者である佐々木さんですが、よく旅館づくりはまちづくりだというお話をされています。その思いについて詳しく聞かせてもらえますか?

佐々木:旅館は地域のプレゼンテーションの場であり、コミュニケーションの場であると考えているんです。例えば、地域でこだわって育てられたお米を仕入れて旅館で使います。お客さまが食べてくれます。美味しいと満足してくださったら売店で販売しているお米を買うことができます。お客さまは自宅でもお米を楽しむことができます。1年経って新米の季節になればお客さまにお知らせします。すると、もう一度旅館に足を運んでくれます。新米を食べてまた美味しいと思ってくれたら今度は友達の分まで買って帰ってくださいます。すると今度はその友達が新米の季節に足を運んでくださる…とお米がどんどんと人を巻き込んでいくんですね。これはお米だけの話じゃなくて、お味噌やお酒にも同じことが言えます。

羽田:佐々木さんはかつて小説家になりたくて出版社で働いていたそうですが、佐々木さんの事業の組み立て方は編集者の目線に近いように感じます。

佐々木:そうかもしれませんね。旅館の跡継ぎっていろんなタイプがいるんですよ。みんな、得意・不得意がある。数字が強い人もいるけど、ぼくは全然得意じゃない(笑)ぼくは地域に根ざした旅館だからこそ、地域の魅力が伝えられるようにしたいんですよね。旅館の周りにあるお店や農家さんが素晴らしいものをつくればつくるほど、旅館もまた素晴らしい場所になりますから。だから地域のみんなと一緒にやりたいんです。



ろ霞の世界観を体現するために備品選定1000点

羽田:地域を編集する視点で旅館を経営されてる佐々木さんが、ゼロから新しく立ち上げた旅館が、現代アートの島として有名な香川・直島に、2022年4月に開業した直島旅館ろ霞です。企画段階からブランディングの立場で伴走した鈴木さんが大変だったことはありますか?

鈴木:いろいろありましたねえ。旅館をゼロからつくるのはとにかく決めることが多くて、例えばろ霞の備品選定は1000点ありました。タオルやスリッパ、館内着まであらゆるものを選定しましたね。1個ずつ探して、サンプルを取り寄せて、打ち合わせをして決める。ろ霞にふさわしいものがなければゼロからつくる。これを1000回繰り返しました。

羽田:当時nottuoに加入したばかりの新人スタッフ・おじゅんが「良いスリッパが見つからないんですよ〜」と嘆いていたのが印象に残っています。当時ぼくも飲食施設を立ち上げている最中だったので備品選定の大変さに共感しました。簡単に見つかるものは既視感があるし、納得できるものを探し当てても仕入れ値が高過ぎてコストに見合わなかったりと沼にハマりました。

鈴木:備品選定は朝から晩まで11時間のミーティングをしたこともありましたね。でも、ろ霞の世界観をつくる上で欠かせないことなんですよ。素敵な宿に泊まったときにいくら空間や食事が素晴らしくても、顔を拭くタオルがザラザラしていたり、履いたスリッパがベタベタしていたらがっかりするじゃないですか。ろ霞に泊まるお客さまが体験するあらゆる出来事とその体験に紐づく感情までを想像してデザインする必要があります。そして、オープン前に選んで終わりではなくて、開業後も毎日営業しているので定期的に現場での使用感やフィードバックをもとに再選定などの改善を継続しています。

マニュアルづくりよりもコンセプトの腹落ちがサービス品質を高める

羽田:客室や食事が素晴らしくてもスタッフの対応ひとつで満足度が急に下がってしまうこともあります。旅館業はスタッフ個々のコミュニケーション能力によってお客さまが受け取るサービスの質が変わりますが、佐々木さんは接客の品質をどうデザインしているんですか?

佐々木:接客方法といった表面の話ではなく、奥にある意図や背景を共有するようにしています。誰もが一言一句おなじ説明ができる必要はなくて、各々が理解して自分の言葉で伝えられるようにすることが大事ですね。ホテルオークラの接客マニュアルを見せてもらったことがあるんですが、お客さまへの説明はこのようにしなさい、グラスはこの向きで置きなさい…といった方法論はいっさい書かれていないんです。代わりに、ロゴはこういった意図でデザインされていますよ、と丁寧に書いてある。お客さまに理解してもらうためにまず自分たちが理解する必要がありますね。

鈴木:ろ霞のオープン前にはスタッフ全員を集めてコンセプトやデザインの研修会をやりましたね。丸一日かかりました。

佐々木:例えば、ろ霞の客室露天風呂は室内からも庭からも丸見えなんですよ。1人は浴槽に浸かって、もう1人は椅子に座って、とパートナーと一緒に同じ景色を見ながら1時間でも2時間でも過ごせる設計にしているんです。その説明をすると「こんな旅館が欲しかったんだよ」と喜んでくださるんですね。逆にちゃんと説明ができないと「なんでこんなに使いにくい風呂なんだよ!」とネガティブに受け取られてしまうこともある。これが難しいし、面白い(笑)

瀬戸内を世界に誇る観光地にするために新時代の旅館のスタンダードをつくる

佐々木:ろ霞は一般的な日本旅館の設計とまったく違うんですよ。直島を訪れる外国人旅行者を意識して設計しました。日本人のお客さまの多くは、旅館に対してお籠りのニーズが強いんです。つまり、誰とも会わずに家族や友達とゆったりした時間を過ごしたい人が多いです。だから客室にテレビが置いてあるし、食事もとることができます。一方で、外国人旅行者は旅先での新たな出会いを楽しみにしている人が多いんですよ。

鈴木:世界中を旅してきたきゃしゅれさんの原体験が詰まっているのが囲炉裏ですよね。ろ霞の名前にもある、囲炉裏の炉。

佐々木:ろ霞では、建物の中心に囲炉裏を設置しています。世界中から訪れたアート好きな旅行者が火の回りに集まってお茶を飲みながら語り合えるようになっているんですね。館内は誰とも会わずに過ごせるような設計にしていません。外国人旅行者は連泊することも多いので、ろ霞に滞在する間にお客さま同士が仲良くなってもらえるような導線にしています。

鈴木:きゃしゅれさんは瀬戸内を世界に誇る観光地にすることをビジョンに掲げています。そのビジョンを実現するために、ろ霞は新時代の旅館のスタンダードをつくることを目指しました。これが世界のスタンダードのひとつになるんだと信じてつくり切りましたね。

有名なデザイナーにつくってもらうのではなく、nottuoと一緒に旅館をつくりたかった

羽田:最後に経営者とデザイナーの関係についてお尋ねしますが、佐々木さんと鈴木さんは一緒に仕事を始めて10年以上が経つと聞いています。仕事のパートナーでありながらも長年の友人のような関係性で羨ましいなと思っているんですが、お互いにどんな印象を持っていますか?

鈴木:きゃしゅれさんはもちろんお客さんなんだけど、人生の先を走る先輩のような存在ですね。経営者としてもひとりの人間としても尊敬しています。忘れられない話があって、ぼくがまだ20代後半の頃にきゃしゅれさんと話をしていました。「もうすぐ30歳になるんですけど仕事が年々楽しくなってきましたよ」と話したんですよ。すると、きゃしゅれさんは「30代も楽しいけど、40代はもっと楽しいですよ」と返してくれたんですね。なんて素敵な人なんだ!と。仕事もプライベートも自分の人生を楽しんでいる人は魅力的ですよね。よく2人で仕事にかこつけて飲みに出掛けるんですが、幸せとは何なのか、とか延々と哲学的は話ばかりしています(笑)ぼくの仕事はデザインだけど、まだ言葉や形にできない頭の中を共有して楽しんでもらえる稀有な存在ですね。ありがたいです。

佐々木:ぼくも鈴木さんと同じ気持ちです。やっぱりね、一緒にいて楽しいんですよ。仕事では自分の想定よりも良いものを早く出してくれますね。今まで何店舗もデザインしてもらっていますが、他の人だったら倍の時間が掛かるだろうし、鈴木さんのクオリティよりも低いものが出てくるだろうなと思います。「鈴木さん、こんな感じでお願いします」とざっくりとお願いをしても、自分の考えをちゃんと形にしてくれますね。ろ霞も3年くらいずっと相談しながらつくってきました。ろ霞を立ち上げる前は、直島という世界的に有名な場所に旅館をつくる以上、原研哉さんといった有名なデザイナーに依頼しないとだめなんじゃないかと思った時期もありました。でも、やっぱり鈴木さんとつくりたいなと思ってお願いをしました。有名なデザイナーにつくってもらうだけでは込めることのできなかった大事なものが込められたと思います。

鈴木:すごく嬉しいですね。ろ霞は世界三大デザイン賞「iF DESIGN AWARD2023」や「DFA アジアデザインアワード2022」​​など世界的な賞をたくさん受賞することができました。デザインという手段を用いながら、きゃしゅれさんの実現したい世界をどうやったら具体化できるのか一緒に考え続けてきた結果なんだと思います。本当にたくさん話し合ってきましたから。

佐々木:とにかくいろんな話をたくさんしてますよね。定例会議の半分が余談で過ぎちゃう(笑)仕事をしているのか遊んでいるのか分からないくらいですね。というか、仕事も遊びもあんまり違いがない。それが心地良くもある。何をやるかよりも誰とやるかを大事にしているので、鈴木さんとの関係がこうして10年続いていることがとても嬉しいですね。(おわり)

Photo : ミー( @mee__lifestyle
Edit : 羽田知弘( @hada_tomohiro
Location : 西粟倉村あわくら会館